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東京地方裁判所 平成3年(ケ)1875号 決定

当事者

別紙1の当事者目録記載のとおり

主文

一  債権者の申立てにより、別紙3の担保権・被担保債権・請求債権目録2の(1)記載の利息債権金五九七万二一八四円の弁済に充てるため、同目録1記載の抵当権に基づき、別紙4の物件目録記載の不動産について、担保権の実行としての競売手続を開始し、債権者のためにこれを差し押さえる。

二  債権者のそのほかの申立てを却下する。

理由

一債権者の申立て

本件は、抵当証券発行特約の登記がありながら発行されていない(抵当証券発行後これが廃止された)抵当権に基づき、担保権の実行としての競売の申立てがされた事件である。

債権者が提出した登記簿謄本二通(民事執行法一八一条一項三号の文書)には、元本の弁済期として、平成四年六月二〇日と記載されているが、期限の利益喪失特約の記載はない。そして、上記の登記簿謄本には、利息の支払期として、毎年六月二〇日及び一二月二〇日の年二回、六か月分を一括後払いと記載されている。

債権者は、契約書に、債務者が利息の支払いを怠ったときは、期限の利益を失う旨の記載があると主張し、平成二年一二月二〇日に支払うべき利息の支払いを怠った債務者は、約定に基づき、同日の経過により期限の利益を喪失したとして、別紙2の担保権・被担保債権・請求債権目録2記載の債権のすべてを被担保債権・請求債権として、担保権の実行としての競売手続を開始することを求めている。

二当裁判所の判断

(1)  法定文書を提出させる法の趣旨

民事執行法一八一条一項一ないし三号及び二項の法定文書は、司法機関又はこれに準ずる機関が作成すること、及び担保物件の所有者の意思の関与なしには作成しえず、その関与の手続も法定されていることから、その証拠価値がきわめて高いものになっている。

法律が担保権実行の開始につき、このような法定文書を要求するのは、基本的には、執行の相手方である所有者及び執行手続を信頼して手続に入ってくる買受人を保護するためである。すなわち、担保権実行要件が備わっていないにもかかわらず、執行手続が開始され遂行されると、所有者の権利が違法に侵害されることになるし、買受人の所有権取得も危うくなるからである。

したがって、本来法定文書には、担保権実行の要件の全てが記載されることが望ましいわけである。

しかし、法定文書には、様々な種類のものがあって、その中には担保権実行の要件の一部について制度上これを記載できないものがある。そこで、法律は、担保権実行の開始のための法定文書たりうるものとして、少なくとも担保権の存在を証することが可能であることを最低限の要件とした。

しかし、法定文書に担保権の存在以外の担保権実行要件の記載が備わっているのであれば、所有者の地位を違法な権利侵害から防御し、買受人の地位を安定させるうえでより効果的であることには変わりはない。法律が、法定文書を提出させた根本の目的からして、法定文書に担保権の存在以外の担保権実行要件の記載があることは、より望ましいのであって、法律は、法定文書における担保権の存在以外の実行要件の記載を軽視しているのではない。

このようにみてくると、法律が法定文書について「担保権の登記のされている」という表現を用いたのは、法定文書たりうる最低限度の資格要件として定めたのであって、このような記載があるからといって、担保権の存在以外の要件の記載が制度上予定されている法定文書について、その記載を不要のものであるとか、その記載がたまたまされているにすぎず、法定文書外の私文書に記載されているのと同視すべきものであるとしたのではない。

このことは、次のような事例を考えると明瞭になる。

たとえば、普通抵当の場合、提出された法定文書である登記簿の債権額欄や利息欄が、複写が不完全であるため読み取れなかった場合に、実務では、担保権の存在は証明されているとして、債権額や利息について主張させるのみで開始決定をすることはない。また、この場合に、法定文書に代えて、私文書で立証することを許容することもない。それは、仮にそのような取扱をするとすれば、法定文書が、前述のとおり(その作成につき所有者の意思を関与させるとか、関与の方法が法定されているということに基づき)高い証拠価値を有し、それが利用可能であるにもかかわらず、あえてこれを無視して、違法な権利侵害や買受人の地位の不安定を招来する危険が増加するのを容認することとなり、不合理であるからである。

(2) 法定文書と異なる事実認定の可否

執行裁判所に民事執行法一八一条一項一ないし三号及び二項の法定文書が提出された場合には、執行裁判所は、それ以上担保権実行の実体的な要件(担保権の存在、被担保債権の存在及び弁済期の到来)について、事実認定をすることなく、開始決定をしなければならない(田中康久・新民事執行法の解説四〇五頁七ないし八行参照)。

このように法律が執行裁判所の判断権を制限するのは、執行機関である執行裁判所に、執行異議の段階はともかく、申立ての段階で実体判断(事実認定を伴う判断)をさせるのは、手続的に問題があることによるのである(田中・解説四〇四頁一〇行及び中野貞一郎・民事手続の現在問題四六二頁末行ないし四六三頁四行参照)。

申立ての段階で実体判断をさせることの問題というのは、次のような事柄である。

第一に、執行事件の申立て段階は、競争原理の働く場面であり、そのような場面で公正な審理を行なうには、債務名義や法定文書に記載されているかどうかのみを審査するという形式的な審査を行なう必要がある。

第二に、執行事件の申立て段階は、所有者の処分行為に対処するのみでなく、各種の執行妨害に対処するという意味でも、審理に密行性が要求され、相手方や第三者を審尋することができない。そのように執行裁判所の事実認定の手段が制限される中で、民事保全の場合のように担保を提供させることを条件として疎明の程度で満足するのとは異なり、証明という心証の程度を落とさずに、大量の事件について、担保権実行の要件に関する事実を認定することは極めて困難なことであり、そのような事実認定をするのは、手続の遅延の大きな原因となる。

第三に、執行事件の申立て段階で、事実認定をすることが必要であるとすれば、執行機関の人的構成を大幅に変更する必要がある。

第四に、執行事件の申立て段階の審理が事実認定をすることにより遅延すると、執行事件の申立て後速やかに売却のための保全処分(民事執行法五五条)を発令することが困難となり、その結果執行妨害を排除するという執行手続の機能が低下する。

そして、担保権の存在だけでなく、その他の担保権実行の要件についても、執行裁判所の判断権が制限されるのは、上記の手続的な問題は、執行機関である執行裁判所が申立ての段階で事実認定をすること自体により生じるからであり、事実認定の対象が担保権の存在に関するものであることにより生じるのではないからである。

このように申立て段階における執行裁判所の判断権が制限されている結果として、担保権実行の実体的な要件のうち、法定文書に記載されていない事実(正確には、法定文書に記載することが許容されない事実。たとえば、根抵当の登記における被担保債権、普通抵当(抵当証券発行特約の登記がある場合を除く。)の登記における弁済期(期限の利益喪失特約を含む。))については、申立人は、申立書に記載する(すなわち主張する)だけで、立証することを要しない。

そして、法律が立証不要とするのは、実体法規の定める立証責任分配の原則によるのではなく(そのような立証責任分配の原則はない。)、また、法定文書に記載されない事実が、担保権実行の要件として重要性を欠くからでもない(法定文書に記載されない事項も、所有者に対する違法な権利侵害を防止することや買受人の地位の安定等の見地からみるならば、その重要性において変わりはないものである。)。法律が立証不要とするのは、ひとえに、執行手続を合理的に規制しようとする法律制度自体の必要に基づくのであって、法律は、債権者を債権者であるが故に優遇しているのではない。

また、執行裁判所の判断権が制限されている結果として、執行裁判所は、法定文書の記載と異なる事実を認定することもできない。

もし、これが可能であるとするならば、手続的に問題があるからとして、法律が禁止している事務を執行裁判所があえてすることとなるからである。

このように法定文書と異なる事実認定が禁止されるのは、担保権実行の要件に関する事実であって、法定文書に記載することが許容されている事実の全部である。一部の要件についてのみ禁止を解除する合理的な理由はなく、禁止を解除すれば、執行手続を合理的に規制しようとする法律の目的が達成されないこととなるからである。

実務上、執行裁判所の判断が制限される事例として、次のようなものがあるが、これらの例にみるとおり、担保権実行の要件の全般にわたっている。

普通抵当において、登記された債権額が、抵当権設定契約で合意された金額を下回っており、債権者は、実体法上は、登記された金額を上回る抵当権を有していても(この場合は、登記された金額を上回る額については対抗力がないが、換価権はある。)、執行裁判所は、法定文書でない契約書により、登記された金額を上回る被担保債権を認定して、開始決定をすることは許されない。

また、保証委託契約による求償債権を被担保債権とする抵当権において、保証人が代位弁済した金額が、登記された債権額を上回っている場合でも、執行裁判所は、法定文書ではない弁済金受領書によって、登記された金額を上回る被担保債権を認定して、開始決定をすることは許されない。

そして、普通抵当において、登記された利息の利率を超える利率の約定がなされており、債権者は、実体法上は、約定利率による利息について、抵当権を有していても、執行裁判所は、法定文書でない契約書により、登記された利率を上回る利息債権を認定して、開始決定をすることは許されない。

さらに、弁済期に関する合意の一部として、期限の利益喪失特約の合意があり、契約書にそのような記載があるのに、公正証書のような法定文書を作成するに当たり、弁済期の記載をしながら期限の利益喪失特約の部分の記載を落とした場合、債権者は、実体法上は、期限の利益喪失特約のある債権について、抵当権を有していても、執行裁判所は、法定文書でない契約書により、期限の利益喪失特約を認定して、開始決定をすることは許されない。

このように法定文書と異なる事実の認定が禁止されると、債権者は、実体権を有するにもかかわらず、その内容どおりの開始決定を受けられず、不当であるかのようである。しかし、債権者は、いずれの場合も、実体権に合わせて法定文書を作成することができたのであり、それにもかかわらず、法定文書の制度を利用しなかったのである。それには、登録免許税の節減などの意図的な場合もあろうし、ただ、失念していた場合もあろう。しかし、いずれにしても、法定文書を提出すれば足りるという、債権者にのみ与えられた制度上の便益を、自己の責任で利用しなかったことには変わりはないのである。そうであれば、法定文書の制度によって、法律が達成しようとする目的を害してまで、自己の利益を主張することができないのは当然であって、そのような結果となるのは、やむをえないものといわねばならない。

そして、債権者が自己の責任で法定文書の制度を利用しなかった場合でも、その不利益を埋め合わせるため、事実認定の禁止が解除されるのであれば、所有者や買受人が担保権実行の要件の有無に関して、裁判機関の実体判断を受ける利益は、債権者のこのような些細な利益を上回る切実なものであることは明かであるから、所有者や買受人の利益のために、申立て段階においても事実認定の禁止を解除して、担保権の実行の要件に関して全面的な実体判断をなすべきこととなろう。

法律は、一方において、申立て段階における手続的な問題が重要であり、そこにおいて守られるべき価値が、所有者や買受人が担保権実行の要件の有無に関して裁判機関の実体判断を受ける利益に優先するものとして、事実認定を禁止したのであった。その同じ法律が、債権者自ら法定文書の制度を利用しなかったという観点からみると、上記の所有者などの実体判断を受ける利益の下位におかれるべき、債権者の実体判断を受ける利益を、上記のように最優先で尊重される手続的な価値の上に位置づけることとなり、法律の態度として一貫しないからである。

しかし、そのように事実認定の禁止を解除するならば、法定文書の提出のみで、それ以外に立証をする必要がないという債権者の利益は、剥奪されるばかりでなく、法定文書の制度自体も維持できなくなるであろう。

以上のように、民事執行法一八一条の法定文書の制度は、事実認定の禁止と表裏一体の関係にあるのであって、申立て段階においては、執行裁判所は、法定文書に記載することが許容されている事実について、法定文書の記載と異なる事実を認定することは許されないものである。

(3) 抵当証券発行特約のある登記の場合

ところで、抵当証券発行特約の登記がある場合には、弁済期を登記すべきものとされており(不動産登記法一一七条一項)、期限の利益喪失の特約があるならば、その登記をすることも予定されている。すなわち、この場合には、期限の利益喪失の特約を法定文書である登記簿に記載することが許容されているのである。それにもかかわらず、その登記がない場合には、執行裁判所は、法定文書である登記簿の弁済期の記載に拘束されるのであり、法定文書でない契約書により、期限の利益喪失特約を認定して、開始決定をすることは許されない。

(4)  結論

本件の登記簿謄本には、期限の利益喪失特約の記載はないから、別紙2の担保権・被担保債権・請求債権目録2の(1)の元本債権は、登記簿の記載のとおり、平成四年六月二〇日まで弁済期が到来しないものと判断するほかないものである。

したがって、本件申立ては、すでに発生し、弁済期の到来している別紙3の担保権・被担保債権・請求債権目録2の(1)記載の利息債権金五九七万二一八四円の範囲で認容するべきであるが(平成二年一二月二一日以降平成三年六月二〇日までの利息についても予備的な申立てがあるものと認める。)、弁済期の到来しない別紙2の担保権・被担保債権・請求債権目録2の(1)の元本債権及びいまだ発生しているとはいえない同目録2の(3)の損害金債権については、却下を免れない。

(裁判官淺生重機)

別紙1当事者目録

債権者 三銀モーゲージサービス株式会社

代表者代表取締役 門脇康男

債権者訴訟代理人弁護士 荒川良三

債務者兼所有者 株式会社ロイヤルトラスト

代表者代表取締役 松下滋

別紙2担保権・被担保債権・請求債権目録

1 担保権

(1) 平成二年四月一六日設定の抵当権

(2) 登記 東京法務局調布出張所

平成二年四月一七日受付第一三二九一号

2 被担保債権及び請求債権

(1) 元本 八〇〇〇万円

但し、平成二年四月一二日の金銭消費貸借契約による貸付金

(2) 利息 金二、九七二、一八四円

上記元本に対する平成二年六月二一日から平成二年一二月二〇日までの六ケ月間の年7.5パーセントの割合による利息(毎年六月二〇日及び一二月二〇日に六ケ月分を後払いの約定)金三〇〇万円のうちの未払残金

(3) 損害金

上記元本に対する平成二年一二月二一日から完済まで年一四パーセントの割合による損害金(年三六五日日割計算)

なお、債務者は、平成二年一二月二〇日に支払うべき利息の支払を怠ったため、約定に基づき、同日、上記元本について弁済期が到来した。

別紙3担保権・被担保債権・請求債権目録

1 担保権

(1) 平成二年四月一六日設定の抵当権

(2) 登記

東京法務局調布出張所

平成二年四月一七日受付第一三二九一号

2 被担保債権及び請求債権

(1) 利息金五九七万二一八四円

平成二年四月一二日付金銭消費貸借契約による貸付金八〇〇〇万円に対する平成二年六月二一日から平成二年一二月二〇日までの六ケ月間の年7.5パーセントの割合による利息金三〇〇万円のうちの未払残金と平成二年一二月二一日から平成三年六月二〇日までの六ケ月間の年7.5パーセントの割合による利息金三〇〇万円の合計(特約により年利息の半額)。

別紙4物件目録

1 所在 東京都世田谷区成城一丁目

地番 一一八番一一八

地目 宅地

地積 1968.44平方メートル

株式会社ロイヤルトラスト持分一万分の三一一

2 一棟の建物の表示

所在 東京都世田谷区成城一丁目一一八番地一一八

(1) 構造 鉄筋コンクリート造陸屋根六階建

床面積 一階 134.00平方メートル

二階 559.79平方メートル

三階 532.80平方メートル

四階 532.80平方メートル

五階 532.80平方メートル

六階 532.80平方メートル

(2) 構造 鉄筋コンクリートブロック造スレート葺平家建

床面積 81.00平方メートル

専有部分の建物の表示

家屋番号 成城一丁目一一八番一一八の二六

建物の番号 五〇二

種類 居宅

構造 鉄筋コンクリート造一階建

床面積 六階部分79.20平方メートル

附属建物の表示

種類 倉庫

構造 鉄筋コンクリートブロック造スレート葺平家建

床面積 一階部分 2.31平方メートル

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